■友森工業ではコンピュータによる機械装置の設計を進めて、実際に製作する前の段階で、コンピュータグラフィクスによる完成予想図を制作します。2011年秋、その技術を企業の地域貢献活動(CSR)に活かそうと、地元山陰:米子市の歴史人文系地域資源である「米子城」の再現CG作成に着手しました。数ヶ月かけて文献や資料を収集して整理し、現在は石垣だけが残る城址に今も城建物が残っていたならばどう見えたか、というイメージ図を作成するものです。
■そして2013年春には米子市にある後藤工業株式会社さまと協力して米子城再現CGを掲載したパンフレットを3000部印刷し、社員有志がポスティングするかたちで米子市中心市街地の商店・飲食店・美容院・医院・民家などに配布しました。
 

■( 企業の地域貢献 )
利益を追求する民間企業が、その利益を地元地域に還元することは望ましい姿勢だという認識が広まりつつあります。
経団連の1%クラブ( )は、"経常利益" の1%相当額以上を自主的に社会貢献活動に支出しようと努める「企業」や、"可処分所得" の1%相当額以上を自主的に地域貢献活動に支出しようと努める「個人」の会です。
近隣の例では隣接する松江市の島根県庁が「 社会貢献を目的とする

市民活動団体やNPOに寄付をしよう 」と、企業に対して呼びかけておられます( )。

■( 地元企業が自主制作し無料パンフレットを配布 )
企業の地域貢献活動( CSR )には、寄付に限らずさまざまな方法があります。わたしたちは地元の地域資源である米子城跡( 現在は石垣のみが残る )が 今も残っていたならば普段歩く市街から どのように見えるか を再現した復元CGパンフレットを企画作成し、多くの市民の方にご覧いただこうと有志が市街地を回ってポスティングする方法で、配布も実行しました。CGのインパクトによって、地域資源の潜在価値にひとびとの関心が高まることを期待した活動です。

 

 

■( 第2弾を準備中 )
配布を開始すると、窓口となった在米子市の後藤工業さまには、主旨に賛同する激励のお電話や、直接会社事務所を訪ねてこられてお褒めの言葉を下さる熱心な地域住民の方などから、多くの反響があったそうです。
そうした反響の中で、「大天守最上層の2対あるはずの窓が1個しかない」 「塀やヤグラも入れるべきではないか」など、その他   「なるほどそれは早速CGに反映させた方が良いな」と思われるアドバイスがあり、第2弾改良版CGパンフの作成に取り掛かっています。現状のCGも様々な検証の参考とできる水準ですが、もっと良いモノをと改善に励むのがモノづくり企業の本能。
「第1弾はまだ不完全で、もっと良くできる。我々のベストはもっと高品質だ 」と、改良版パンフレットを第2弾、第3弾と企画したいます。"バーチャルな築城" を通常業務の間で続けながら、進化版の復元CG、を継続的に制作して行く予定です。
こうしたCG制作を県外に外注するということは、外注マネーが地元経済を回すことなく県外に出て行ってしまうということです。地元のCG技術も高まらない。城址に毎週のように登ることができる地元企業が自主的に制作するならば最も望ましいカタチであると考えます。

復元CG大幅増量の「米子城復元CG-第2弾パンフレット」 グラフィックデザイン作成中。遠からず配布します。

 

( 城址公園は米子市役所の管理 )
米子城跡公園は米子市役所さまが所有・管理なさっています。
3D-CG制作前の資料収集の段階で「CG作成の必要資料をいただけないか」と同市役所文化財課にご相談し、快く資料をいただきました。感謝しております。
ちなみに、CGに写る石垣は米子市役所さまの財産であるわけですが、その肖像権?によって制作したCGの利用に制限がかかるのではないか、とご心配くださる方がおられるかも知れません。それに関しては、市役所文化財課の担当者さまに確認済みです。以下は米子城復元CGの肖像権について担当者さまからの回答です。

1)米子城は市役所の所有する都市公園です。
2)市民や地元企業が、復元図・復元模型・復元CGなどを制作されることに対し
  特に許可を求めておりません。むしろそのような自由な研究活動や、それを叩き台にした
  議論の活発化は、史跡が忘れ去られることに較べればずっと望ましいことだと考えます。
3)作られた復元図の許可や提出は義務ではありませんが、ぜひ見てみたいので、文化財課ま
  で提出していただければ喜びます。

 

( 城址直下の鳥取医大病院ロビーに掲示 )
この城復元CG制作の準備段階では、城址に近い「全日空ホテル」さまや「鳥取医大病院」さまにお願いし、その屋上から城址を見上げる写真を撮影させていただきました。 その際に、
「入院患者や見舞い客がしばしば見上げる城址の石垣の上に、もし現在も風格ある城が建っていたならばどのように見えたか?を示すCGであれば、皆が興味深く思うであろう。また入院患者さんたちが "早く元気になって城址湊山に登ってみたい" と思ってくださるかもしれない 」
という話が持ち上がり、後藤工業から同病院に寄贈されました。2012年12月から2ヶ月間の予定で、同病院1階総合受付に隣接する休憩スペースに、A1サイズのパネルが掲示されています。休憩スペースでの掲示期間終了後は、同病院図書室に掲示されるそうです。復元CGの活用のされかたとしては願ってもない理想的な形の一つです。  ※民間企業の自主的活動です。
 
 
 

[ 上図のような鳥瞰CGを高解像度で10視点から見た10枚作成されました(増加中)。塀やヤグラ入りのCGもあるそうです ]

[ 鳥目線で見下ろすのはなくて街中から見上げる復元CGも20地点から作成されました ]

              @パソコンで上映できるQuickTimeMovieの場合解説しながら「スライダ」をドラッグする
              と一連の動画のなかの任意の構図で映像を停めたり進めたりしつつ解説することなども可
              能です。Microsoft PoewrPointや、Open Office Impressなどのプレゼンソフトのソフトの
              ページに挿入することで、シンポジウムやフォーラムやパネルトークの来場者の理解を助
              けることも可能です。

              A映画DVDなどと同じDVDプレイヤーで上映できるDVDメディアに大量に焼いて量産し、
              配布することも可能です。 ]

 

 

 
 
 
 
 
 
[ 石垣の面白さ ]
■現在の米子城跡に天守閣はなく、石垣しか残っていません。
それでは面白みがないのかというと、そんなことはありません。 佐々木譲さんの小説「天下城」では、穴太衆という石垣積みの 専門家集団が物語の中心となっています。戦国時代の城では、まず城山を登ってくる敵が登れない高さの石垣と塀で囲む「曲輪・土居」 を築いたようです。全周360度が登れないと平時の利便が悪いので出入り口は必要です。「虎口」と呼ばれる出入り口は、そこへ殺到する敵群が狭さに分断され曲がり角で勢いを殺される ように90度向きの違う壁に挟まれ つつ曲がる場所「枡型」に設けるなどします。 90度向きの違う壁に挟まれること で敵にとって矢は正面からだけでな く側面からも飛んでくることになります。
またその「虎口」を突破しようとする敵には塀の要所に立つ2層の「櫓(矢倉)」や「2階建て高麗門」の高いところから矢を射掛けます。それでも門を突破してきた敵は多勢で迎え撃つように内部には「勢溜まり・丸」を設けて待ち受けます。

米子城は一度も攻められていないようです。 そのことは戦乱荒廃よりも望ましいことですが、縄張りと石垣から推察される米子城の守備力・迎撃力は相当に高かったと思われます。「攻められていれば美しいだけでなく戦闘力としても優れた城であったことが きっと証明されただろうに」 といささか残念な気もいたします。

米子城本丸を攻めるには( 城山裾の海水堀や城壁や櫓や門を全て突破し、内膳丸からの加勢も退けて登ってきたと仮定して) 高い石垣を避けて上図の「寅」「牛」「戌」の3方向の入り口を目指すことになります。 攻め手側であったならどの方角を選びたいところでしょうか。
・まず「戌」側は避けたい気がします。左手に櫓が2段ある脇は狭く急な階段なので勢いが落ちます。門にとりつくまでにヒュンヒュンと矢を射掛けられます。その門を突破しても周囲の石垣が高いので結局は「」か「」から攻め入るしかありません。しかしそれには片側は転落して骨を折りそうな、もう片側は登れっこない、それぞれ高さ5mほどの石垣の間の細い通路を数十メートルにわたって移動しなくてはなりません。細い通路をその距離走っている間に通路沿いの塀から飛んでくる矢を全てかわして「ロ・」にたどり着くのはDデイ、「映画プライベートライアンの冒頭のシーン」的な困難さであったと想像されます。
「寅」側は天守正門側というべき幅12mほどでニ階建ての高麗門があり門の内側には守り手がひしめき合っています。また石垣の基部から大天守基壇までは高低差が10mほどあり "登山" 的な速度の遅い運動になります。そこへ脇の「櫓」や大天守と小天守をつなぐ「走り櫓」から右に左に矢や石や種子島を射掛けられると考えると「牛」側から攻める案に変更したくなります。
「牛」側は、高い石垣の上にある守り手側兵士の待機広場から1箇所だけ開かれた虎口です。そこは狭いので2人並んで入ろうとするのが精一杯のところを両脇からカボチャサイズの石など落とされてよろめき、ひしめきあった多勢の守り手にどつかれます。そこから次の門「」まで敵陣のなかをやっとこさで突っ切るとまたまたその内側に待機した多勢の兵士の群れから矢を射掛けられ、塀に取り付くと槍で突かれます。かなわんなもう、と言いたいところでしょう。そもそも城各所の配置(縄張り)は機密事項でしょうから、カメラも携帯電話もGoogle Mapもない当時に、あらかじめ「どこから攻めようか」と計画することも難しい話です( 間諜は放ったにせよ )。攻め手は、ふもとの城壁を突破して城山を登ってきたら訳も分からず、騒乱のなかを攻め込む兵士の流れに押されてただ夢中で進むようなことになりそうです。「虎口へ導く通路」以外の斜面は崖に近い急斜面であるので、「敵軍が曲輪360度の思い思いの場所から城壁に取り付いて押し寄せる」ということにならず、「3箇所の虎口付近から2〜3名づつ後ろに押されて順番にわめきつつ前へ出てくる」 感じになりそうな気がします。
・そんな「がむしゃらに勢いだけで攻めてきた敵」 を賢く撃退する工夫がしっかり盛り込まれている、姿が美しいけれどシンボルとか象徴的な飾り物としてだけの存在ではない、実戦向きの縄張りだと思える米子城。 というわけで敵側は結局 「兵糧攻めにしとくか 」 と考えることになったりしそうです。攻め難いと知られていたからこの城は一度も攻められなかった。そういう可能性もあります。 20kmほど南西にある尼子の月山富田城が、良く知られたその難攻不落さにもかかわらず何度も攻められて毛利領となったことを思うと、時流と政略・攻めるモチベーション次第であって、単純に城建築の攻め難さによって、という話ではないのでしょうけれど。

話が飛びますが俳句は日本の素晴らしい文化です。
風物の素晴らしさを説明するには足りそうもない限られた文字数に制限されていることが実は武器。
例えるならば。風景写真を500ピースのパズルにしたときに俳句の読み手(詠み手ではない) に与えられるのはその中の重要な3〜4ピースだけ。
読んだ人の側が、その限られたピースから想像して自分なりの「風景の全貌」を頭の中に創り上げます。しばしば香りや手触り、気温や雨音を感じさえしながら。 それは全てのピースがはめ込まれた完成済みの写真を与えられ「へえ、綺麗だね」と感動する単なる受動体験よりも創造的な活動です。
城址探訪を好む城愛好家が城建物のない石垣や地割りを眺めて何事か考えるような表情を作ってたたずむとき、実は与えられた限られた "ピース" から往時の城の全貌を頭の中に組み立てているのです。ときには守り手としての防衛法や、攻め手側から城を落とす戦略までをイメージしています。石垣などの城跡を訪ねる行為は、能動的でクリエイティブなレクリエーションなのです。


夏草や 兵どもが 夢の跡 ( なつくさや つわものどもが ゆめのあと 

牡蠣の口 もし開かば月 さし入らむ ( かきのくち もしあかばつき さしいらむ )

遠くまで 行く秋風と すこし行く ( とおくまで いくあきかぜと すこしいく )

さまざまの 事思い出す 桜かな ( さまざまの ことおもいだす さくらかな )

六月を 綺麗な風の 吹くことよ ( ろくがつを きれいなかぜの ふくことよ )

蝶墜ちて 大音響の 結氷期  ( ちょうおちて だいおんきょうの けっぴょうき )

わが胸に すむ人ひとり 冬の梅  ( わがむねに すむひとひとり ふゆのうめ )

 

 

[ 米子駅にポスター掲示 ]
米子駅の改札前の大柱の「ポスター
掲示ケース( 内照式 )」を借りました。

夏の観光や祭りで駅利用者が増える
季節です。掲示代金は会社と社員の
有志が出しあいました。

地元企業が本業の利益を
本業とは無関係の
地域・観光振興に投じて貢献する

"新しい公共"

経団連 1%Club

的な活動の事例でした。
米子駅のポスターケースの広告主は山陽側の大学・専門学校や他府県観光地が中心です。地元企業の広告は土産菓子がパラパラと。    

数ヶ月空いたままの ポスターケースが点々とあることは米子の経済のパワーが低下していること の象徴、 
  "割れ窓" のようで気になっていました。初夏〜盆連休の期間限定でしたが、地元企業として空いた広告枠を埋めることができて喜んでいます。

 

 

 
 
●2013年8月。地元の山陰中央新報紙の広告欄さんさんに、当社が地域貢献文化活動として米子城再現CGを制作し公開していることについて広告を出稿しました。
●2013年8月に米子市立図書館が( Before→After ) リニューアルされました。来館者数が大きく伸びたそうです。建物ハードの改装だけでなく来館者をひきつけるさまざまな企画を展開しておられます。
雑誌コーナーでは、壁面の棚に表紙が見えるように各種月刊誌を並べてあります。雑誌には傷まないようにビニールのカバーがかけてあります。米子市立図書館さまでは、そのビニールのカバーにポケットをしつらえて「雑誌スポンサー」の募集を開始されました。表紙の小型ポケットと、裏表紙のA4サイズポケットに、スポンサー企業の広告を掲示できる有料サービスです。広告料は雑誌購入費などに充てられるのでしょう。
たまたま友森工業社員が新装・米子市立図書館を訪れた際にその雑誌スポンサー募集チラシを見かけて、早速申し込みました。市役所さまから申込書の記載内容について確認のお電話をいただいた際にお尋ねしたところ、当社がこの「米子市立図書館雑誌スポンサー第1号広告主」だ、ということでした。
 

●これらの「夏休みシーズン駅舎内ポスター」や「図書館雑誌カバー広告」や「新聞広告欄」などから誘導する当社Webサイトの閲覧者の増減によって、それらの広告の効果を把握できました。いずれも数字に現れる広告効果がちゃんとあります。