( 試行錯誤の結果の25.4なのか )
スチールパイプによる『 細身 クロモリ・ロード 』自転車のムック誌を書店で見かけて手に入れました。愉しくて良い書籍だと感じました。
ただし巻頭の "自転車の基本構造が長年の間に無駄なく合理的な形状寸法に落ち着いたものである" という趣旨のコラムに興味深く目を通していると、『 100年余の歴史の中で試行錯誤の結果「 トップチューブ外径は25.4mm、ダウンチューブは28.6mm、チェーンステイは22.2mmが最適だ 」 ということでその数字に落ち着いた最適値であり、究極の回答なのだ 』 
 という趣旨のことが書いてありました。単位mmにおいて何かしら意味が隠されているように見える半端な数字の外径ですので、なるほどと受け止めてしまうかも知れませんが、実情とはいささか異なるように思われました。

( 製造業で入手できるパイプ径は飛び飛び )
記事の印象では、トップチューブが 25.4 に落ち着く以前には、25.5 や 25.3 や 25.7 も試されたように読み取れますが、恐らくそうではないと思われるのです。
現在、というよりも昔から伝統的に、自転車に限らないいわゆる製造業において鋼材として入手できるパイプの寸法は下表のとおりです( 自転車で用いられる寸法前後のみ抜粋。実際は外径200や400もあります )。 1mm 刻みに外径を選ぶことができるようなことはなく、飛び飛びの半端な数字からしか選ぶことができないのです。 "SCM435H"  "STKM" を検索してみてください。こうした産業用鋼管の規格寸法は、自転車フレームで馴染みのあるパイプ径と似通っています。

 

( それはもう売れています )
自転車に限らず何かを造ろうとした場合に、自分が考えたオリジナルな寸法で設計して、その材料を特別に小ロットで発注して商品を造るということは極めてまれです。
 話が飛びますが、学生たちが競う『 ロボコン 』のロボットは彼らが作り上げたものだといえます。 しかし部品の大半はいわゆる 『 機械要素 』 として買ってきており、それを組み立てることが実際の "ロボット造り" です。 ボルトやナットを金属棒から削り出して造ったりしないことは皆の共通認識。 他には何を "買ってきて使う" のでしょう。 例えば。 スイッチON -OFF で伸び縮みするシリンダ型の腕はどうでしょう。 これも市場で 「 エアシリンダ 」 として各種サイズや出力の既製品が豊富であり 『 ロボットを造る 』 という場合に、伸縮動作棒から自作することなどありません。 つまり 『 こんな機能の部品があれば便利なのに 』 と思ったとき、構想してその図面を描こうとせずとも、ほぼ確実にその目的を叶える部品は、既に機能テストや耐久テストを経て市場に出回っており、安価に量産されているのです。
存在しているものは便利に使いながら最小労力で完成させるのが "モノづくり" の一つの側面です。

( パイプ形状の何かの場合 )
例えば、パイプ形状の部品を含む何かを製作したいと考えたときに取る手順はこうです。
部品となるパイプの外径と内径には寸法を与えなくてはなりませんが、自由に設定することはまずありません。左表の飛び飛びの寸法のパイプから、外径は目標の仕上がり寸法より少し大

きめ ( 自転車フレームの場合はそのまま ) で、内径の穴は少し小さめのパイプを購入して、それを外も内も最小限削って使う( 労力が小さい ) ように仕上がり寸法を設定するのが、製造業における常識です。
 
( 市場にある寸法の材料を賢く使う )
ちなみにパイプの外形は精密な目で見れば真円ではありません。自転車のフレーム用としてはなにも問題が無いのでそのまま用いられますが、何か別の部材にキュッとはまり込むような部品( H7等 )として用いる場合などには切削が必須です。例えば 「 図面上の仕上がり寸法をφ22mmとしておいて、左表にある外径φ22.2mmのパイプを仕入れ、それを0.2mm削って真円にする 」ような具合です。 真円のように見えるパイプでも切削をはじめると、外径の高い山は刃に当たって低い谷は当たらないので、まだらに削られていきます。したがって、仕上がり寸法をφ22.5などと設定すると、φ25.4のパイプを仕入れて径を2.9mmも削らなくてはならなくなり非効率です。 「 パイプを取り付けるはめ込み先の穴がφ22.5mm なのでどうしようもない 」 などという場合を除いて、機能に支障がない限り最小限の切削で済むように仕上がり径を設定することが普通なのです。

( 市場に存在するパイプ径を用いたのだと思われます )
スチール自転車のフレームに用いられているパイプ径も、なにやら自転車オリジナルっぽい特別な外径寸法ではなくて、上表にある寸法ばかりです。 鋼材メーカーにとって、もしくはパイプ製造装置メーカーにとって、自転車向け市場はそう大きなものではないはず。
また、タイヤの外径サイズだけが一定のまま、身長に合わせてフレームサイズを変化させる場合、 フレームのジオメトリは「 相似形で拡大縮小 」するわけではありません。サイズによって接合 角度が変わり、加えてパイプの長さが変わっても、ある特定車種のフレーム全体として変形に対 する特性を一定に保ちたいならば、理想のパイプ径は、同じ車種でもフレームサイズごとに微妙 に変える必要があります。  しかしそれに対応するほど小刻みに外径の異なるパイプを用意できるわけではないので、もともと パイプ径に関しては、「 手に入る材料で可能な限り上等な料理をつくる 」 前向きな妥協が行われてきたのでしょう。 『 0.5mm刻みや1mm刻みの外径のパイプをいろいろと試す膨大な試行錯誤が行われた末に、自転車フレームの用いられるパイプが、自転車業界ならではの特殊な寸法である現在のφ25.4mmやφ28.6mmに落ち着いた 』 という歴史は、存在しないと思われます。 といっても非効率を避けて賢く妥協したj結果。 限られた資源や労力を、パイプ径の探求ではなくて別のことに振り向けた賢明さだといえます。

 
     [ 鉄・このすばらしい素材 ]